授業は師匠と弟子の対話の連続で成立する
次に、「授業は教師(師匠)と生徒(弟子)の対話の連続」で成立します。
①「読解力」・「表現力」について、現代の中学生の実態をお話しましょう。
とにかく、現代の中学生の国語力は低下しています。たとえば、「名詞って何?」から始まり「数えられる物」と「数えられない物」いわゆる「数量」の違いがわからない、「形容詞」と「副詞」の違いがわからない、「助詞」の使い方がわからない。つまり、「品詞の識別」がわからない。また、「修飾する・修飾される」の関係が理解できない。数学で言えば、「何を問われているのか、わからない?」、「証明問題」などは、解く前から「くじけて」敬遠してしまいます。つまり、これらの現象は、「話し言葉」は理解できるが、「書き言葉」は苦手である。ということなんですね。②実は、これは今から約20年前から始まっている現象なんです。
「約20年前から」とお話したのは、「ゆとり教育」を考え始めた時期が約20年前です。そして、「公教育の週休2日制」が始まった時から加速度を増し、現在に至っています。今、学校の授業が成立しない最大の問題点・課題は、「教科書の言葉の説明」に要する時間が膨大に必要であるということなんです。このようなことで、英語に至っては「many」「much」の説明、「a an the」の冠詞の説明、英語の命ともいえる「前置詞」の説明の前に「日本語の言葉の説明」が、必要となるということです。まだお話すれば、今までの学習塾の授業は、学校の授業を「復習」として活用してきたわけですが、これは「中学受験」も「高校受験」も同様なんですが、受験にとっては学校の授業が成立していませんので、「学習塾の負担量」をご想像ください。③ともあれ、
授業というものは「教師である師匠」と「生徒である弟子」との根気強い「対話」で成立します。そして、「情熱を持った師匠」が「前向きな弟子」に「伝授」することが真の「教育の原点」だと思います。
このような日本語教育の現状で、「小学校の英語授業導入」も開始されました。
人間同士の意思の疎通を円滑に行うための「母国語」である「日本語教育」を軽視していること自体が問題であると、私は思います。また、現代はこの「師弟関係」を求め始めているとも言えますが、皆様、いかがお考えでしょうか?
二00七年七月十四日
茨城県古河市 福祉の森会館ホールにて