公教育は太陽の教育、学習塾は月の教育
まず最初に、「公教育は太陽の教育、学習塾は月の教育」である点に特徴があります。
古来より、日本人はこの「太陽と月」を「日天子・月天子」と呼んで、生活には欠かすことが出来ない存在として、認識してきました。また、自然の摂理としてこの「太陽と月」を崇めてきたわけです。太陽は、光輝きながら厳然と昼間を現出し、人々を照らします。月は太陽の光を受けて、夜に「新月・三日月・半月・満月」と姿を変えて人々を照らし、人々は月を見て、何ともいえぬ「幻想的な情緒」を感じながら生活しています。
教育の世界でも「公教育の学校」で行われている教育は昼に存在する「太陽の教育」です。そして、「学習塾」で行われている教育は夜に存在している「月の教育」に例えることができると思うんです。つまり、たとえば現代社会が「太陽暦」を一年の羅針盤として採用しているが如く、「太陽の教育」も光輝きながら厳然と存在して、人々の羅針盤となっていないと、みんな困るんですね。
皆様ご存知のように、太陽には「黒点」という「全体からくらべると温度の低い部分」が存在しています。どうも、近年の暗い世相を見ますと、この「太陽の教育」における情熱を冷却させる「黒点部分」が広がっているように感じていてるのは、私一人だけではないと思います。
まず、私が一番熱望していることは、この「黒点部分」を真摯な態度で反省し、現在の暗い世相を反映している日本を、「太陽の教育」こそ毅然とした態度で存在し、人々の羅針盤となっていただきたい。ということなんです。
余談ですが、「学校の先生」と「塾の先生」の見分け方を伝授しておきますね。「学校の先生」は昼間に活動されてますから、「色黒でやさしい顔立ち」をされています。「塾の先生」は夜が遅いんで午前中は寝てますから、「色白で異常に目がきつい」風貌なんです。ちなみに、「学校の先生」は「仏様のような人」がうける。逆に「塾の先生」は「閻魔大王のような人」が、うけが良いというようなわけなんです。
ともあれ、教育は「今日」の社会悪を正していく力です。また、教育は「明日」の精神的リーダーを成長させていく力です。そして、教育は「夢」を「現実」に変えていく力であると思うんです。
二00七年七月十四日
茨城県古河市 福祉の森会館ホールにて