【明治の威風】

 『若き日の読書』には、前述の幕末志士以外にも多くのジャーナリスト・研究家・文学者たちが紹介されています。まさしく、私は「明治の威風」を感じながら成長してきた気がします。

 例えば、「国木田独歩」こと「国木田哲夫」はこの書の一番最初に登場する人物です。『欺かざるの記』のタイトルも衝撃的でしたが、その内容を読んだ時の衝撃は今も忘れられません。『独歩書簡』『国木田独歩集』『独歩全集』『武蔵野』そして、明治大正文学全集の『国木田独歩』を読み進めていくうちに、「独歩」と命名した思いを共感できた時の喜びは今でもなつかしく感じることができます。

 次に登場するのが、「徳冨蘆花」こと「徳富健次郎」です。とにかく彼が出版した著作は、「すごい」の一語で片付けられない程、百版以上を重ねる超ベストセラー揃いです。『自然と人生』『不如帰』『青蘆集』『書翰十年』『小説 富士』などの著作を手に取ると、今でも大都会の中心に存在していながら、「徳冨蘆花」が執筆していたころの面影を残す「蘆花恒春園(芦花公園)」の思い出が涌いてきます。この公園も至極身近に感ずることのできる場所でした。湘南高校の校長だった私の叔父が、退官して京王線の芦花公園駅の近くに住んでいたため、遊びに行ったついでに公園散策をしながら読書に没頭した時期があるからです。叔父の家に遊びに行くのは口実で、私のバックの中には、これら蘆花の著作が入っていることが常でした。

 「徳蘆花」といえば、兄である「徳富蘇峰」こと「徳富猪一郎」の説明を付け加えておかないと片手落ちになるでしょう。明治・大正・昭和の時代の人々に良きも悪しきも絶大な影響をあたえた「民友社」を立ち上げ、この出版社のお陰で徳富蘆花も何冊となく著作を生み出すことができたのですが、「徳富蘇峰」の販売方法が優れていたのか前述したように、民友社発行の著作は超ベストセラー揃いなのです。そして、「徳富蘇峰」も「頼山陽」から大きな影響を受けた一人でした。『日本外史』に触発され、100巻にも及ぶ『近世日本国民史』を創出したことは、良く知られていたことです。

 あと一人、忘れてはならない明治の偉人がいます。その人は、「高山樗牛」こと「高山林次郎」です。樗牛の『滝口入道』は有名ですが、日蓮大聖人の研究家としても有名でした。そして、樗牛の論調は、当時の青年には爆発的な人気を博していたようです。彼が「博文館」の主筆に就任して間もない時期に発刊となった太陽(明治30年の創業10周年記念臨時増刊)を見ると、『明治の小説』と題して威風堂々の論調で綴られた30ページほどの論文が掲載されています。この論文を読んで、是非『樗牛全集』を探そうと決意し、探索を開始しましたが、神田の古本屋街に並んでいる全集は高価で手が出なかった思い出があります。しかし、どうしても読みたいとの執念が実り、やっと最近になって、明治期の全集(全五巻)の第一巻から第五巻までを手に入れることができ、念願叶って読み進めているところです。

 これらの研究を進めていくにつれて、多くの人々を知ることになりました。「三宅雪嶺こと「三宅雄二郎、「矢野龍渓」こと「矢野文雄」などの明治の偉人と呼ばれた人々の遺風にも接することになったのです。特に、明治政府の方針に敢然と批判の筆を振るった「政教社」を立ち上げた三宅雪嶺」の『宇宙』『真善美日本人』などの著作は、かなりの思索時間を要した内容でした。

 そして、この『若き日の読書』は世界の人物に対しても目を開かせてくれました。「ヘルダーリン」の『ヒューぺリオン』、「ペスタロッチ」の『隠者の夕暮・シュタンツだより』、「ホール・ケイン」の『永遠の都』、「ユゴー」の『レ・ミゼラブル』『九十三年』、「吉川英治」の『三国志』、「ルソー」の『エミール』など、多彩な人物や著作の紹介が掲載されています。池田先生が青年時代に読まれていた「改造社」の『世界大衆文学全集』は、読みやすく次の書籍を買おうという意欲を駆り立てる装丁になっていたことが、印象的でした。