【師弟不二の探究】

 19歳から『若き日の読書』を読み始めて、登場する「人物」が生きた時代背景を知りたくて、紹介されている書籍を買い集め、そこから知り得た人物の書籍を探索する日々が始まり、かなりの量を買い溜めました。19歳までに知り得た人物も多かったのですが、幕末の偉人たちの書籍には格別の思いを込めて探索しました。それは、このころの私の最大のテーマが「師弟不二」であったことにも原因があるでしょう。

 明治維新を颯爽と歩んだ「勝海舟」の『氷川清話』と『海舟座談』を知り、「子母澤寛」の「勝海舟」(日正書房発行、講談社発行)や「平尾道雄」の『海援隊始末記』(大道書房発行)などで「坂本竜馬」との師弟関係を知ることになります。

 次に、「尾崎士郎」の『風霜』で「吉田松陰」「高杉晋作」「久坂玄瑞」の師弟関係を学ぶことになり、「蒲生重章」の『近世偉人傳』などで「佐久間象山」を知り、兵学において「吉田松陰」と「勝海舟」は兄弟弟子でもあることを知ることになるのです。

 そして、「西郷隆盛」の『西郷南洲遺訓』や「福澤諭吉」の『学問ノススメ』『福翁自伝』『福翁百話』『民間経済録』『西洋事情』『窮理圖解』『世界国尽』などの幕末の志士が遺した威風を学ぶことになったのです。

 ついには、「福澤諭吉」の師匠である「緒方洪庵」の「適々斎塾」と「吉田松陰」の「松下村塾」は、私を「塾」の道に誘い、これら2つの塾は、現在でも続行している研究課題です。

 色々調べるうちに、今では歴史教科書から姿を消されてしまった幕末の詩人であり歴史家である偉人を再発見しました。その名は、「山陽外史頼襄」「三十六峯外史」「頼襄子成」「頼山陽」こと「頼久太郎」です。この偉大な詩人・歴史家の著作である『日本楽府(にほんがふ)』『日本外史』『日本政記』『通議』は、幕末維新の時代を生きた人々に大きな影響を与えたことで有名です。

 実は「頼山陽」が生きている間に発行された書籍は『日本楽府』だけですが、歴史上の事件を踏まえて書かれているので、それを知らないと六十六曲(当時の日本の国の数に合わせたもの)の史詩を味わうことはできません。難解であるが故に、門人の「牧百峰」が注釈を付けて出版したのでしょう。
 
 『日本外史』は、「司馬遷」の『史記』の影響が大きかったようですが、講談本を読むような面白さがあります。『日本政記』は、日本の政治史が通読でき「頼山陽」の史論を学ぶことができます。吉田松陰は投獄時代に『日本外史』と『日本政記』を熟読したことが『野山獄読書録』に残っています。そして、初代内閣総理大臣の伊藤博文は『日本政記』を座右の書としました。

 私にとって「頼山陽」は至極身近に感ずることのできる人物でした。我が家に一幅の掛け軸があります。それを今でも手放せないのも、私が生を受けて18歳までの約18年間を広島で過ごしたことに関係するでしょう。身近に感ずることができるのも広島の地で過ごした思い出とともに、父の影響が大きかったのかもしれません。父は骨董収集家ではなかったのですが、この「頼山陽の書風」をこよなく愛した一人でした。床の間に飾られたこの掛け軸の前で、毎日勉強し食事をした思い出は、今でも私の脳裏から離れることはありません。