樹冠人蔵書目録 おことわり 


 恩師池田大作先生(以下、池田先生と表記)の『活字文化復興提言を熟考し、その実践の第一弾として19歳からの智のロマンを発表したわけですが、早いもので、三年の月日が過ぎようとしています。

 池田先生曰く、「苦しく困難な登はん作業にも似た格闘を経て、初めて血肉となるのが良書」と、また、「ルネサンス(再生)は読書から生まれる(中略)古典の読破なくして、あの絢爛(けんらん)たる創造力の開花はなかったに違いない」と。

 今や、吉川英治(1892年〜1962年)が子母澤寛(1892年〜1968年)が海音寺潮五郎(1901年〜1977年)が山岡荘八(1907年〜1978年)が井上靖(1907年〜1991年)が村上元三(1910年〜2006年)が司馬遼太郎(1923年〜1996年)が心血を注いだ芸術作品も現代の若者にとっては古典の域に入ろうとしています。

 今回の企画は、『19歳からの智のロマン』がきっかけで、「読書を始めた方」や「歴史に興味があるが何を選択すればよいのか?」「青年期に読むべき本は?」「古典に挑戦したいが?」など、読者の方々のご要望が多いので、真剣に考えて作成を開始したものです。このご要望にお答えするには、読んでいない書籍を紹介する訳にはいきませんので、私自身が読んだ書籍に対して、体裁や著者の伝記も含めて出来るだけ詳細にご案内しようと思い、タイトルは『樹冠人蔵書目録』(以下、『目録』と呼ぶ)と銘を打ちました。『目録』は、成人の方のご要望が多いこともあり、小学生・中学生を対象にしたものではありません(高校生以上なら参考になるでしょう)。このことがまず一つ目の「おことわり」です。

 そして、私が所蔵している書籍には青年期に収集したものが多く、偏りがあるかもしれません。私の青年期のテーマは、「日本人とは?」「師弟関係とは?」「交友関係とは?」「教育とは?」「古典の読破法とは?」などでした。江戸期や明治期の書籍は、池田先生の「若き日の読書」に啓発されて収集したものです。また、大正・昭和の書籍は牧口常三郎先生と戸田城聖先生、そして池田先生の著作を読むことが精一杯であったため、読みきれていないことが正直な感想です。当然、偉大な先師・師匠の書籍目録も収録する予定ですが、偏りがあるのは確かです。このことについても付け加えておきます。

 次の「おことわり」は、私が所蔵している書籍は、現代では、大半が入手困難なものです。江戸期や明治期の有名な書籍は、注釈書が「岩波文庫」等で出版されていましたが、これとて絶版状態です。また、大正・昭和の有名な書籍においても、世の中の風潮とともに「入手困難」「絶版状態」です。ただし、現代において救われることはインターネットの普及のおかげで、「図書館」や「私的な注釈書」が公開されています。たとえば、国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」や京都大学・早稲田大学などの「WEB図書館」が存在します。原典・原書に挑戦したい方は是非検索して、研究してください。

 三つ目の「おことわり」は、この目録の発表方法についてです。私が所蔵している書籍の量と『目録』の作成時間を考えると、「ひょっとしたら生ある内に完成するのだろうか?」と自問自答の日々でした。しかし、「未来の青年のためになるなら」「未来の青年を育てている大人のためになるなら」と一念発起して発表することにしました。ただし、前述の通り、時間的制約がありますので、「テーマ別」(江戸の威風編・明治の威風編・創価の源流探訪編・教養書籍編)に随時作成しますので、読者の皆さんの再訪をお待ちしています。

 最後になりましたが、池田先生の提言をもう一度皆さんと共に熟考して、「おことわり」を終わりたいと思います。


『活字文化復興提言』

◎今、なぜ読書なのかといえば、第一に、それは読書経験が、ある意味で人生の縮図を成しているからです。

◎古典や名作は、ダイジェスト本や結論だけを要約したものを読んで事を済ますわけには、決していきません。苦しく困難な登はん作業にも似た格闘を経て、初めて血肉となるのが良書です。

◎今、なぜ読書か。その第二の意義として、蓄えられた読書経験は、巷にあふれ返るバーチャル・リアリティー(仮想現実)のもたらす悪影響から魂を保護するバリアー(障壁)となってくれるでしょう。

◎第三の意義として、読書は青少年のみならず、大人たちにとっても、日常性に埋没せず、人生の来し方行く末を熟慮するよいチャンスとなるでしょう。

◎青少年の周囲から本が消えてしまえば、魂の滋養が失われ、未来の精神文化の大地は砂漠の世界になってしまう。

◎今、私たちは、活字文化の危機という“現代の挑戦”に直面している。教育界も、出版界も、言論界も、一丸となって応戦する時であろう。ここに、非暴力と平和の重大な精神闘争があるからだ。

◎ルネサンス(再生)は読書から生まれる。レオナルド・ダ・ビンチも、ミケランジェロもルネサンスの巨匠は、皆、第一級の読書家であった。古典の読破なくして、あの絢爛たる創造力の開花はなかったに違いない。活字文化の復興は、即、文芸の復興であり、そして人間精神の復興である。

◎人生も社会も、常に行き詰まりとの闘いだ。読書は、停滞を打ち破り行く、最も身近にして強力な知恵のエネルギー源でもある。

◎活字文化の復興には、大人がまず手本を示すことが欠かせまい。

◎「読む」ことが、いかに崇高なる意味を持つか。文字・活字文化は、無量の価値を持つ人類の宝である。ゆえに、文字文化の停滞、すなわち「読む力」「書く力」の衰退とは、人間と文明の創造性の衰退にほかならないであろう。

◎活字文化は、未来の命運を担い立つ聖業といってよい。

 以上




        

 参考のために、国立国会図書館の「デジタルコレクション」(左上バナーを参照、明治期以降の書籍)と早稲田大学図書館の「古典籍総合データベース」(右上バナーを参照、江戸期の書籍)のリンクを貼ってあります。これらの図書館で書籍を読むことができます。


       2010年8月吉日 ウィンベル教育研究所 池田樹冠人 識