「算術」は「計算芸術」とも表現できるかもしれません。また、「算術」を伝授する教授は、一つの「計算芸術」を披露する気持ちで、弟子たちに伝承したのだと思います。「算術」には人間としての生活感や体験的思考力や推理力を養う力が存在しているのです。そして、その「計算芸術」は、口伝によって算術書として記録され、また口伝されて多くの人々が学びました。

算術の古風な形が現代まで伝承されている好例があります。

発祥の地は中国で、4000年前の時代から言い伝えられている「魔方陣」(まほうじん)がそれです。この「魔方陣」は、現代のクロスワードの原形とも言われていますが、空白の方陣に数字を埋めるパズル問題です。「魔」とは、「魔よけ」の意味がこめられているとも伝えられています。また、「方陣」とは正方形のことです。

【問題】            【ヒント】 
    

(【答えと解き方】は「参考資料」に掲載)

この「魔方陣」の考え方は、現代ではテレビの視聴率計算や選挙予想のサンプル収集、畑の種まき方法などに応用され、私達の現代生活を支えています。

次に、日本の江戸時代の庶民がどのようにして「算術」を学んだか?をご紹介しましょう。

  往来物「女九九乃声」(おんなくくのこえ)という書物がありますが、「往来物」とは、前述した通り、主に寺子屋で使用した「初等教育用教科書」の総称です。平安時代から明治初期までの約九百年間に7000種類以上も発刊されたとも言われている「往来物」は、庶民生活に欠かすことのできない地位を占めていたのです。

右の写真は、「往来物」のうち女性教育の教科書として使用していた『女九九乃声』の「三九二十七の段」の一部です。この教科書の冒頭に、「民の家に生れ、他に嫁し、夫の実業をたすけぬる事によりては、算の道も知らずしては、事かけなん。算の道はしらずとも、この九九の声をおぼへぬれば、日用たりぬる事、いろは四十七文字にて一切の事を弁ずにひとし」と、女性にとっての算術の初歩である「九九」の重要性を説いています。

また、体験的思考力の産物である好例として、「天秤棒」を生み出した近江商人の「虫食い算」もご紹介しましょう。

江戸時代の商売方法は、品物を先に渡して後、「お盆時期や暮れ(年末)にまとめて集金するシステム」でした。集金するための帳簿が有名な「大福帳」です。しかし、この大福帳には思わぬ欠点がありました。それは、紙でできているため「あちこちを虫が食って、穴だらけ!」いざ、集金というときには数字が見えません。そこで、この見えない数字をパズルのように解明する作業が必要となります。これが「虫食い算」の始まりだと言われています。現代の「虫食い算」は、こんな感じですが、皆さん一度や二度はご覧になったことがあると思います。

【例題1】          【例題2】

         

【例題3】        

 

【例題4】

(【答えと解き方】はここをクリックしてください。

この「虫食い算」の場合は、ご覧の通り数字が「歯抜け」状態です。この状態で空白の数字を読み取る芸術が「虫食い算」なのです。戸田先生も、「数字のひらめき(数勘)を鍛えることができる。」「くり上げくり下げの意味がよくわかる。」この「虫食い算」(『指導算術』では、「充填算」)の効用を強調されています。

もう一つ、江戸時代の商人の智恵をご紹介しましょう。

当時の庶民生活で欠かすことのできない物に「油」があります。当時の人々にとって、油は貴重品でした。現代人には想像もつかないでしょう。当然、電気などありませんから、時代劇などに登場する「行燈(あんどん)」は灯りをとるための必需品でした。現代でも和風建築に合うとの理由で見直され、インテリアとして利用している家庭も増えてきた「行燈」は、四角な木のわくに紙を張り、中に油受けを置いて火をともしたものです。これ以外にも、「油」は料理にも活用されたり、「鬢付け油」のように整髪にも利用されていました。江戸幕府の統制品目の一番目に挙げられるぐらい大切な油を売る「油屋さん」の智恵をご紹介しましょう。

江戸時代の油の販売方法は、現代のように量り売りではなく、一斗(いっと・十升)樽・七升樽・三升樽の3種類の樽を利用して販売していたようです。それでは、江戸の庶民になった気分で、油屋さんの「油分け算」(樽分け算とも呼ぶ。)を体験してみましょう。

【問題】

「今、十升の油を十升樽と七升樽と三升樽の3種類の樽を利用して、五升の油を売ろうと思います。」さて、どのようにして、売りますか?

(【答えと解き方】は「参考資料」に掲載)

実は、現代でもこの「油分け算」が見直されて、小学校の授業に活用されていることを聞いたことがありますから、ひょっとしたら、この話を聞かれた方もおいでになるでしょう。現代でいえば、十リットルのガソリンを、十リットル・七リットル・三リットルのポリバケツを利用して、五リットルのガソリンを作れということになります。

まさに、これらの○○算は、日常生活での必要性から生み出された「算術」なのです。実は、これら商人が「○○算」を生み出した張本人ではなく、商人たちが寺子屋などで学習した内容を活用し、生活の中で「○○算」が活用できることの実証を示して見せたのです。