【精神闘争の始まり】
私は、この『若き日の読書』で、池田先生が神田の東洋商業に通学されていた時代に、神田の古本屋街を散策されたことを知りました。くしくも、私も駿河台にあった中央大学(学生たちは、当時の校舎を「刑務所校舎」と呼んでいた。戸田先生も通学された校舎です。)に在籍していたので、毎日のようにこの古本屋街を歩くことを楽しんだ青春時代でした。

「池田先生も歩かれた古本屋街を、今自分が歩いている。」この散策が「池田先生を一生涯の師匠としよう。」との思いを強くさせてくれた一因であったかもしれません。書籍の中には、未知の世界が広がっていました。そして、新鮮で探究心をそそる内容が豊富であったことが、現在でも「池田先生の書籍を読みきるぞ」との決意を持続させている原因であるような思いがします。
書籍を読みきるには、時には三ヶ月、一年をも要する場合もありました。それは、書籍に登場する「人物」が生きた時代背景を知ることや、その人物の著作を買い集めることに時間を要したからです。
一書との出会いは、一生の大切な思い出を創ってくれます。ある時、いつものように神田の古本屋街を散策していたときです。ふと目に留まった一冊の本がありました。それは、学術書が並ぶ棚の中にとびぬけて気品を放っている一冊の本でした。近づいて見ると、外箱は年代相応にキバンではいましたが、手招きをしているような錯覚を覚えた瞬間、私はその一冊を手にしていました。
『草の葉』W・ホイットマン詩集 富田碎花訳 それを手にしてページをめくり、目次を開いてびっくりしました。そこには、『草の葉に寄せる』池田大作 と印刷されているではないですか。何という奇遇でしょうか、私は心の中で「こんなところが、古本屋の魅力なんだよな。」と納得しながら、初老のおやじさんの前に行き、いつもは「この本、いくらにしてくれる。」と切り出すのが常であるにもかかわらず、「この本は、いくらですか。」としゃべっていました。金額は正確に覚えていませんが、当時の自分の手持ち資金を叩くと、明日からの食事代に困るほどに高価であった記憶があります。こんな思いをしてまでも、購入した本ですから、今でも私の本棚の一番上席に鎮座しています。
この『草の葉に寄せる』には池田先生が若き日に購入された『草の葉』のエピソードが掲載されており、それを読んで、急に池田先生が身近に感じられるようになったのも確かでした。その後、私が学習塾に勤務していた折(アメリカの地に本格的な受験塾を建設しようと役員会で決定され、その計画の先発隊として私が「開拓使」の使命を帯びて渡米した32歳の時)に、この『草の葉』は私と共に海を渡り、ニューヨークでの開拓作業の日々において、常に心の支えとなってくれた一書となったことは、良き思い出の一つです。
なお、この『草の葉』については、後に発刊される『続・若き日の読書』に詳しく紹介されています。この『若き日の読書』は大いに役に立ちました。渡米に際しても、何を事前に勉強して置けば良いか、決定が知らされた日から何日か悩みましたが、まず歴史的な日米関係を学ぶことを決意して、これらの書籍をむさぼるように読んだ記憶があります。
「渡米とは! 明治の夜明け 学びぬけ 青春の息吹 開拓精神を」