『高野切』(こうやぎれ)

    


タイトル:高野切(こうやぎれ)

傳書写者:紀貫之

出版書写事項:第一種 昭和五十三年(1978年)発行
       第二種 昭和三十七年(1962年)発行
       第三種 昭和三十九年(1964年)発行

形態:全三冊 (コロタイプ変形版)

編集兼発行者:廣瀬保吉

印刷所:船沢コロタイプ印刷㈱

製本所:㈱山田大成堂

発行所:㈱清雅堂

目録番号:nihon-0010004



高野切』の解説

 「高野切(こうやぎれ)」とは、平安時代後期の十一世紀に書写された「古今倭歌集」の別名である。そして、「高野切」は日本最古の古今倭歌集の写本でもあり、書道家の手本ともなっている書籍である。「切」とは、「断片」という意味で、経典などの書写に使用される「麻紙」に、和歌集の和歌の一部を切り取り鑑賞用として掛け軸などに仕立てられた「断簡」である。「高野」とは、高野山に伝来したためその名が付いた。

 「古今倭歌集」は、平安時代初期に編纂された勅撰の和歌集で、「二十一代集」の筆頭を飾る最も古い勅撰和歌集である。醍醐天皇(だいご・元慶九年・885~延長八年・930)の命により、紀貫之(きのつらゆき・貞観八年・866~天慶八年・945)・紀友則(きのとものり・承和十二年・845~延喜七年・907)・壬生忠岑(みぶのただみね・貞観二年・860~延喜二十年・920)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね・貞観元年・859~延長三年・925)の四人が編纂撰者となって延喜五年(905年)に奏上された。

 今回紹介する高野山に伝わった「高野切」は、「傳紀貫之筆」とある複製本である。紀貫之が筆写した最古の古今倭歌集と伝えられているが、実際の書写者は別人のようである。紀貫之が筆写した古今倭歌集を三人で分担して書写して全二十巻に纏め上げたと思われる。平安貴族の美意識が窺える「麻紙」に「雲母砂子」が蒔かれた体裁で仕上げられた書籍を複製した上品な本である。

 現存している寄合書(よりあいがき)と呼ばれる「高野切」は、「第一種」「第二種」「第三種」と呼ばれている。「第一種」の書写者が巻一・九・十・十一・十二・二十を、「第二種」の書写者が巻二・三・四・五・六・七・八を、「第三種」の書写者が巻十三・十四・十五・十六・十七・十八・十九を担当している。「高野切本」が現存する巻は、巻一・二・三・五・八・九・十八・十九・二十で、巻五・巻八・巻二十の三巻が巻物として現存し国宝に指定されている。その他の巻は、断簡として残る物もあるが大半は散逸したようである。

 現時点で判明している書写者は、「第一種」は藤原行成(ふじわらのゆきなり・天禄三年・972~万寿四年・1028)の三男で藤原行経(ふじわらのゆきつね・寛弘九年・1012~永承五年・1050)と推定され、「第二種」は源兼行(みなもとのかねゆき・生没年不詳)と推定されている。そして、「第三種」は藤原公経(ふじわらのきんつね・承安元年・1171~寛元二年・1244)と推定されていて、西園寺公経とも名乗った太政大臣でもあった人物である。

 この複製本を制作したのは現在も東京の神田須田町に存在する「清雅堂」である。清雅堂は法帖出版・書道用具の販売を行っている店舗で、書道の手本となる法帖の製本を得意としている。法帖は良い拓本で成立するが、それを見分ける力が必要で、初代の廣瀬保吉は、ある書道家から「中国の良い拓本から法帖を作成してほしい」と熱望されて、膨大な資金を投入して法帖出版事業を進めたようである。

 この書籍の「釋文」によれば、

 「第一種」は「高野切三種の中で文字の形態運筆連錦及び墨色の濃淡の変化が最も多い一体である。形体は豊麗で左右に偏倚がなく、整然としているが、同一の文字中にも極めて変化があって、特に技巧を凝したのではないかと思はれる程、美しく感じられるものがある。運筆は三種中巧妙の点に於ては第一で、敢へて技巧に流れず、自然の中に変轉極りない妙味を見せている。」とあり、

 「第二種」は「高野切三種中最も古体に属し、頗る気品の高いものである。形態は著しく緊密整正で第一種の寛宏にして餘裕綽綽たるとは大に趣を異にし、厳正にして間隙の乗ずべきを見ない。運筆の点に至っては三種中最も豪宏健勁で、緩急軽重の如き筆法を度外に措き、紙中に食入るが如き沈着と充実とをもっている運筆は、到底他の追随を許さぬ強みがある。」とあり、

 「第三種」は「高野切三種中清楚典麗温雅の趣致に富める点に於ては最たるものである。形態は整正で偏僻がなく清純高雅の趣が豊かである。運筆は第一種の如く緩急軽重の変化を表さず、極めて流麗に些の渋滞なく一気珂成に書き終っている。筆は延喜筆の類と思はれるが毛は他の二種よりも弾力に富んだものらしい。連錦は三種中最も自然で軽妙の点に至っては他の到底及ぶ所でない。」とある。

【参考】 「清雅堂」(戦前から続く 書や古硯のよさを伝える店)




   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   平成二十四年(2012年)七月作成