『素本世界國盡』(そほんせかいくにづくし)

    


タイトル:素本世界國盡(そほんせかいくにづくし)

著者:福澤諭吉

出版書写事項:明治五年(1875年) 初版発行

形態:三巻全三冊 和装中本(B6版変形)

発行所:福澤諭吉賣弘

目録番号:win-0050004



素本世界國盡』の解説

 福澤諭吉(天保五年・1835~明治三十四年・1901)については、「西洋事情 初編」で説明したので省略する。

 明治二年に発刊された「世界國盡(世界国尽)」は、児童に世界の地理を暗誦しながら自然に地理風俗が記憶できるように開発された教育本である。世界を「亜細亜洲」「亜非利加洲」「欧羅巴洲」「北亜米利加洲」「南亜米利加洲」「大洋洲」の六大洲に区分けして、上段にそれぞれの洲の面積(坪で表示)・人口(世界人口を九十億人と表示)・各洲の割合・人種・歴史などを詳細し、下段に暗誦すべき七五調の文面が習字の手本のように記載印刷されている。まさしく、児童の習字の手本として有効で、楽しく世界の国々を旅している感覚になる教育本である。

 今回紹介する「素本世界國盡」は、明治二年に発刊された「世界國盡(世界国尽)」(全六巻)の序文・凡例・目録・上段の頭書・附図・附録を省略して、世界六大洲の世界地図(東之世界・西之世界)と本文の文字だけを印刷した素本である。この世界地図を見ると、当時は「太平洋」を「太平海」と呼んだことが窺われる。なお、國盡(国尽)は「くにづくし」と読む。見返しには、右上に「福澤諭吉著」、右下に「慶應義塾蔵版之印」の朱印、中央に「素本 世界國盡 全三冊」、左上に「明治五年壬申初冬」、左下に「福澤諭吉賣弘」とある。そして、巻三の末尾に版下書家の「壬申仲秋應嘱 内田晋斎書」の記名と方印が捺印されている。

 この書籍は、福澤諭吉が著した著作の中では一番多く人の口を伝わって普及した書籍であると云われている。一世を風靡した書籍の運命であろうか?この書籍も「偽本」「偽版」に悩まされる。「字句」や「言い回し」を変化させて出版された本は夥しい数が存在すると云われている。また、後に色々な影響を与えた書籍でもある。軍歌調の「かえ歌」を生み出す手本とされたり、「新体詩抄」の源泉とも云われている。

 それでは、本文の六大洲に分けた理由が述べられている初段を抜粋してみよう。

 「世界ハ廣し萬國ハ お不しと以へと大凡 五に分けし名目は 亜細亜 阿非利加 欧羅巴 北と南の亜米利加に 堺加義里て五大洲 太洋洲は別に又 南の嶋乃名称なり」

 現代風に読み換えると、

 「世界は広し万国は おおしといえどおおよその いつつに分けし名目(みょうもく)は アジア・アフリカ・ヨーロッパ 北と南のアメリカに 堺かぎりて五大洲 太平洲は別にまた 南の島の名称(となえ)なり」

 初段から七五調の調子に乗せて軽快な口調で暗誦できる傑作である。

 また、私こと樹冠人が一番のお気に入りでもあるヨーロッパを説明する七五調の味わいをご堪能いただくことにしよう。

 「彼産業は安くして 彼商賣の繁盛し 兵備整ひ武器足りて 世界に誇る泰平の その源を尋るに 本を務る学問の 枝に咲きたる花ならむ 花見て花を羨む那 本なき枝に花はなし 一身の学に急ぐこそ 進歩はかどる紆路 共に辿りて西洋の 道に栄る花を見む」

 現代風に読み換えると、

 「彼(かの)産業(にぎわい)安くして 彼(かの)商売の繁盛し 兵備整い武器足りて 世界に誇る泰平の その源を尋(たずぬ)るに 本(もと)を務(つとむ)る学問の 枝に咲きたる花ならん 花見て花を羨(うらや)むな 本なき枝に花はなし 一身(ひとり)の学に急ぐこそ 進歩(あゆみ)はかどる紆路(まわりみち) 共に辿(たど)りて西洋の 道に栄(さかゆ)る花を見ん」

 やはり、「世界国尽」を再読する度に、「福澤諭吉先生は天才的感性を備えた偉大な教育者である。」ことを痛感する昨今である。また、この「世界国尽」は、明治五年に発刊されベストセラーとなった「学問ノスゝメ」の序章ともなっていることが窺える。

参考:「デジタルで読む福澤諭吉



   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   平成二十三年(2011年)三月作成