『海舟座談』(かいしゅうざだん)

    


タイトル:海舟座談(かいしゅうざだん)

著者:勝安芳(勝海舟)述 巌本善治 筆

編者:巌本善治

出版書写事項:昭和五年(1930年)七月十五日 初版発行

形態:一巻全一冊 (文庫版)

発行者:岩波茂雄

印刷者:菊地眞次郎

発行所:岩波書店

目録番号:win-0030004



海舟座談』の解説

 巌本善治の「海舟座談」は、吉本襄の「氷川清話」と同じく座談筆録形式の書籍である。この書籍には、勝海舟(文政六年・1823~明治三十二年・1899)が明治新政府に関与した五十年にもおよぶ政治生活を回顧して、海舟独特の体験談や歴史的証言が筆録されている。筆録者の巌本善治は海舟の語り口を巧みに写して、海舟の魅力あふれる人柄を生き生きと伝えている。「海舟座談」の中で語っている張本人の勝海舟については、「氷川清話」で略歴を紹介したので省略する。

 この書籍は、『海舟余波』(女学雑誌社)の増補版として岩波文庫から出版されたもので、「巌本善治の序」「先生を失うの歎」「陳言」「氷川のおとづれ」「清話のしらべ」「附録」で構成され、特に「清話のしらべ」は、海舟の永眠五日前の明治三十二年一月十四日から遡って、明治二十八年七月までの約四年半の座談が年代順に表記されている。また、「附録」は海舟の思い出を語る回顧録である。

 「海舟座談」の「清話のしらべ」は、前述の通り、海舟の永眠五日前の明治三十二年一月十四日から遡って筆録されている。巌本善治によれば、「筆記したる習慣は、歳月と共に練熟し、後年に及んではやや自ら許すといえども、前年の品に至りては、単に筋骨理路を写すに止まりたるものあり。すこぶる安んぜず。故に左に編載するにおいて、近きを前にし、遠きを後にして、倒叙の法を用ゆ。読者をして先生高談の声調に慣れしめ、しかして後、他に及ばんと欲するがためなり。」と理由を述べている。

 「清話のしらべ」は、とにかく財政のことや金銭のことが目に付く。江戸幕府の瓦解から財政を担ってきた海舟の本音が読み取れる。また、明治三十年十月六日の中で、吉本襄が新聞に出た此方のはなしを集めて「氷川清話」を出版したいと言う項目がある。その時の巌本善治の反応は、「序文はお書きなさらぬが宜しいです。新聞に出たのは大てい間違っておりますから。」であった。そして、海舟曰く、「ナーニ、目くら千人、目あき千人だから、構やしない。吉本はイイやつだよ。少し頑固だけれどネ。」と。

 さて、読者諸氏には、勝海舟研究において「氷川清話」「海舟座談」が必要な理由がお分かりになりましたか?

 明治三十一年六月ごろから、人物評論の話が増えてくる。特に、徳川慶喜公については念入りに語られている。「新島襄と同志社」「明治天皇と勝」「徳川家康の大きさ」「西郷隆盛との出会い」「旧幕の人々」「足尾銅山鉱毒事件について」、そして、明治三十年三月二十七日は人物が羅列されている。「柳生但馬守宗矩」「沢庵和尚」「拙斎(太原雪斎)」「南光坊天海」「大久保彦左衛門」「大岡越前守忠相」「松平定信侯」「戦国武将の無邪気さ」「明智左馬之介」「島左近」などである。

 最後に、「先哲の書を見る詞」として以下の人物を挙げている。

 元和偃武以来、国内の趨勢ようやく文化に向い、豪傑英俊の士ら文学に従事す。元禄前後にいたりて、ことに傑出の輩少なからず。あるいは経綸の才識を具備せし者、あるいは高踏超凡なる者、あるいは往昔の古詞をおさむる者、あるいはインドの古義を明解する者、その他みな不撓の精神をもって、その道を自得し、有為の学者たるに恥じず。(後略)

藤原惺窩(朱子学者)、林道春(朱子学者)、石川丈山(隠遁詩人)(これは人物だ)

伊藤仁斎(古学派)、荻生徂徠(古文辞学派)、新井白石(朱子学者)
(まず実行家は、徂徠、里恭、白石だね)

木下順庵(朱子学者)(よい弟子を多く出したよ)、柳里恭(漢詩人・画家)

熊沢蕃山(陽明学派)(これも人物だ)、細井広沢(書家)(書に隠れたから人が知らない)

室鳩巣(朱子学者)、高玄岱(儒官・医・書家)仁斎に、鳩巣、高岱、みな人物だ)

高遊外(漢詩人・書家)、松尾芭蕉(俳諧師)、深草元政(隠者・歌人)

池大雅(詩人・画家)、与謝蕪村(詩人・画家)、貝原益軒(朱子学者)、藤田東湖(水戸藩儒者)

山鹿素行(古学派・兵学者)(これは山師だがね)、中江藤樹(陽明学派)

白隠(臨済禅中興の僧)(僧侶ではどうしてもこれだ)

近ごろでは渡辺崋山(画家・田原藩家老)(これは中々の人物だった)

西郷南洲(西郷隆盛)、大久保甲東(大久保利通)

佐久間象山(蘭学・兵学)(学者で、事業はできない)

木戸孝允(長州藩士)、横井小楠(実学派)

頼山陽(漢詩人)、島津斉彬(薩摩藩主)まだ二人ほどあるつもりだ。

以上は、「勝海舟全集11」(勁草書房、江藤淳・勝部真長編集)より抜粋。



   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   平成二十二年(2010年)十一月作成