『標註十八史略読本』(ひょうちゅうじゅうはちしりゃくどくほん)


タイトル:標註十八史略読本(ひょうちゅうじゅうはちしりゃくどくほん)
編者:曾先之
音訳:陳殷
点校:王逢
出版書写事項:明治十二年(1879年)再版
形態:七巻全七冊 和装大本(B5版)
序:内務卿大久保利通
十八史略標註序:秋月種樹(佐瀬得所書)
標註十八史略補訂序:土生柳平(松山林書)
十八史略跋:岡千仭(勝精義書)
再補人:大賀富二
出版人:山中市兵衛
東京書林:須原屋・山城屋・和泉屋など全14書林
目録番号:koten-0010008
『標註十八史略読本』の解説
「十八史略」の正式名称は「古今歴代十八史略」という。中国の元時代に曾先之(そうせんし・生没年不明)が正史から十七種類を選び出し、北宋と南宋の歴史を加えて編纂した書籍である。この書籍は編年体で纏め上げられた歴史書のダイジェスト版である。また、中国歴史を学ぶ初学者用の教科書でもある。
現在では、司馬光(しばこう・1019年~1086年)が編纂した「資治通鑑」や「野史」(正史以外の資料)などの抜書きが多いことも判明しているが、中国では学術的な価値を評価されていない。逸話も盛り込んだ壮大な歴史物語であると理解した方が良いであろう。
曾先之の生没年は不明であるが、南宋の遺臣でもあり1265年に科挙に合格して地方官に着任するが元には服従していないようである。また、吉田松陰の「照顔録」の正気歌でも解説した文天祥(ぶんてんしょう・1236年~1283年)が学友であったことは判明している。
また、「十八史略」は清朝の乾隆帝(けんりゅうてい・1711年~1799年)が編纂させた「四庫全書」(漢籍を調べるための目安となる書籍)には掲載されてはいるが、「塾で使用している歴史教科書で正史ではない」など、いい加減な解説で馬鹿にされた書籍でもあった。
日本では、日明貿易が影響してか室町時代には伝来している。江戸時代には初学者用の中国歴史教科書として盛んに読まれ、明治時代には注釈書が多く発行された。今回紹介する「標註十八史略読本」の正式名称は、「立齋先生標註十八史略讀本」となっているが、立齋先生とは明時代の陳殷(ちんいん)のことで、陳殷が音釈を加え、王逢(1319年~1388年)が点校したものを白川県(現在の熊本県)の大賀富二が再補訂した注釈書で東洋史の教科書でもあった。
とにかくこの書籍の編纂には明治時代の大物が関わっている。西郷隆盛・木戸孝允(桂小五郎)とともに「維新の三傑」と呼ばれた内務卿の大久保利通(文政十三年・1830~明治十一年・1878)が雅号の甲東の名で序を書き、十八史略標註序は西郷隆盛の「南洲手抄言志録」でも解説した秋月種樹(天保四年・1833~明治三十三年・1904)が担当し、この序を会津第一の書家である佐瀬得所(文政五年・1822~明治十一年・1878)が書いている。そして、標註十八史略補訂序は宮城県の土生柳平が担当し、この序を会津の書家である松山林が書いている。
なお、巻末に十八史略跋文が掲載されているが、これを仙台藩の漢学者の岡千仭(天保四年・1833~大正三年・1914)が担当している。漢学者の岡千仭は、西郷隆盛の「南洲手抄言志録」でも解説した佐藤一斎(安永元年・1772~安政六年・1859)に師事し、明治政府の漢籍収集の責任者などを歴任し、私塾経営の折には尾崎紅葉・北村透谷・片山潜など3000人の子弟が門を叩いたといわれている。
この書籍の構成は、太古の天皇氏・地皇氏・人皇氏・巣氏・燧氏から三皇の伏羲氏(女媧氏を含む)・神農氏・軒轅氏、五帝の金天氏・高陽氏・髙辛氏・陶唐氏・有虞氏、そして夏后氏を記載して、殷時代から宋時代(南宋滅亡まで)までを詳細に記載している。また、曾先之「面白く中国歴史を伝承する」との意図があるようで、「三国志」においては正統な王朝を「蜀」としたり、有名な故事成語「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん)の話を創作したりしていることが特徴でもある。
ともあれ、中国ではいい加減に扱われ抹殺された歴史書を物持ちの良い日本人が後世に伝えた「立齋先生標註十八史略讀本」の価値は高いと思う。特に、版元となった出版人の山中市兵衛の功績は大である。ここで、参考までにこの山中市兵衛なる人物を解説しておこう。
江戸時代の版元に「和泉屋市兵衛」がある。仏教関係の書籍を販売する版元から出発して、寛政年間の四代目になり浮世絵の世界では浮世絵師の歌川豊国(明和六年・1769~文政八年・1825)を起用して「役者舞台之姿絵シリーズ」で頭角を現し庶民娯楽出版の魁となる。歌川門下には国貞や国芳などを輩出して一世風靡した。明治時代には「和泉屋市兵衛」は「山中市兵衛」を名乗って、教科書・辞書などを発行した。今回紹介した「立齋先生標註十八史略讀本」にも東京書林の和泉屋市兵衛と出版人の山中市兵衛が登場しているのである。
所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
平成二十三年(2011年)七月作成