『方丈記読本』(ほうじょうきどくほん)

    


タイトル:『方丈記読本』(ほうじょうきどくほん)

校閲者:落合直文

出版書写事項:明治三十五年十月十三日(1902年) 十版印刷発行

形態:全一冊(A5版)

附録:方丈記註釋

編輯所:明治書院編輯部

発行者:三樹一平・鈴木友三郎

印刷者:新井豊造

印刷所:明治印刷所

発行所:明治書院

目録番号:nihon-0020005



方丈記読本』の解説

 「方丈記」(ほうじょうき)は、鎌倉時代初期の建暦二年(1212年)ごろに、鴨長明(かものちょうめい・ながあきら・久寿二年・1155~建保四年・1216)が著述した随筆である。清少納言の「枕草子」、吉田兼好の「徒然草」とあわせて日本三大随筆とも呼ばれている。

 鴨長明は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての歌人であり随筆家でもある。俗名は「かものながあきら」であるが、「かものちょうめい」と音読みすることが多い。賀茂御祖神社の神事を統率する禰宜の鴨長継の次男として京都に生まれた。俊恵法師(しゅんえ・永久元年・1113~建久二年・1191)の門下で学び、「新古今和歌集」でも紹介した後鳥羽院の目に留まり院近臣となり歌人としても活躍した。望んでいた河合社(ただすのやしろ)の禰宜にもなることができず、後には出家して蓮胤(れんいん)を名乗る。

 長明が六十歳の晩年に、京都伏見の日野山に方丈(一丈四方)の庵を結んだことから「方丈記」と名づけた。「方丈記」の巻末尾には「干時 建暦のふたとせ やよひのつごもりごろ 桑門の蓮胤 外山の庵にて これをしるす」とあることから、建暦二年に記されたとされている。現存する最古の書写本は、大福光寺(京都府)が所蔵する大福光寺本が存在している。

 ちなみに、方丈記には「今 日野山の奥に跡を隠してのち 東に三尺余りの庇をさして 柴折りくすぶるよすがとす。南に竹の簀子を敷き その西に閼伽棚を作り 北に寄せて障子を隔てて阿弥陀の絵像を安置し そばに普賢をかけ 前に法華経を置けり。」(現代訳)とあり、平安末期を過ごした教養人らしく「法華経」を読誦していたことが窺われる。

 なお、方丈記には、「安元の京火災」「治承の竜巻」「福原京遷都」「養和の飢饉」「元暦の大地震」など、長明自らが体験した天変地異に関する記述を記録していることから、歴史史料としても貴重な書籍でもある。なお、同時期に書かれたと思われる「無名抄」「発心集」「鴨長明集」も有名であるが、「千載和歌集」などの勅撰和歌集に二十五首も掲載されている。

 今回紹介する「方丈記読本」は、明治書院が手がけた中等教育国文読本である。明治書院は現在でも「美しい日本語を守り育てる」をスローガンにして高等学校の教科書を出版したり、国文学の名著復刻などで有名な出版社でもある。

 この書籍の校閲者である落合直文(おちあいなおぶみ・文久元年・1861~明治三十六年・1903)は、江戸時代末期から明治時代に活躍した歌人・国文学者で教育者でもあった。仙台藩の家老の家に生まれ、国学者の落合直亮の養子となった。東京専門学校(早稲田大学)・東京外語学校(東京外国語大学)・跡見女学校(跡見学園女子大学)・國學院大學などで教鞭を揮り、森鴎外(もりおうがい・文久二年・1862~大正十一年・1922)らと共に同人社の「新声社」を結成し「於母影」を刊行したことは有名である。また、門弟である与謝野鉄幹(よさのてっかん・明治六年・1873~昭和十年・1935)が発刊した「明星」に監修協力をしたり歌を寄稿したりの活躍であった。

 なお、私こと樹冠人の学生時代に愛唱していた歌(今でも歌うことが多いですが)であった「大楠公」の作詩を手がけたのも落合直文であった。

【大楠公 桜井の訣別】

 青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ 木(こ)の下陰に駒とめて 世の行く末をつくづくと 忍ぶ鎧の袖の上(え)に 散るは涙かはた露か

 正成(まさしげ)涙を打ち払い 我が子正行(まさつら)呼び寄せて 父は兵庫に赴かん 彼方の浦にて討ち死せん 汝(いまし)はここまで来つれども とくとく帰れ故郷へ

 父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人 いかで帰らん帰られん この正行は年こそは 未だ若けれ諸ともに 御供仕えん死出の旅

 汝をここより帰さんは 我が私の為ならず おのれ討死為さんには 世は尊氏の儘ならん 早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為

 この一刀は往にし年 君の賜いしものなるぞ この世の別れの形見にと 汝(いまし)にこれを贈りてん 行けよ正行故郷へ 老いたる母の待ちまさん

 共に見送り見返りて 別れを惜しむ折からに またも降りくる五月雨の 空に聞こゆる時鳥 誰か哀れと聞かざらん あわれ血に泣くその声を

(以下省略)

【参考】大福光寺本「方丈記」(やたがらすナビ




   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   平成二十五年(2013年)四月作成