『日蓮上人御一代記』(にちれんしょうにんごいちだいき)

    


タイトル:『日蓮上人御一代記』(にちれんしょうにんごいちだいき)

著者:泉竜亭是正

出版書写事項:明治十四年

形態:全一冊 和装大本(B6版)

目録番号:soka-0020004



日蓮上人御一代記』の解説

 『日蓮上人御一代記』は、日蓮大聖人の六百遠忌を記念して、明治期の編輯人として活躍した羽田富次郎こと泉竜亭是正(せんりゅうていこれまさ)が明治十四年(1881年)に著述し、歌川芳春(うたがわよしはる・文政十一年・1828~明治二十一年・1888)が挿入絵図を担当している。

 室町期に成立した『元祖化導記』や江戸期に成立した『本化高祖年譜』などは記録的な要素が強く活字だけで表現されているが、今回紹介する明治期に成立した『日蓮上人御一代記』は、挿入挿絵に2丁分のカラー印刷が使われ、『日蓮上人一代圖會』と同様に浮世絵の技術をふんだんに活用した絵図を駆使して物語風に大聖人のご事績を表現していることが特徴的である。

 六老僧の日朗(にちろう・寛元三年・1245~元応二年・1320)が常に大聖人と同行していることを強調した絵図を掲載し、池上門流が関わった書籍であることが窺われ、現実を超越し誇張された超人的な逸話伝記がふんだんに掲載されている。

 日朗は大国阿闍梨とも呼ばれ、武蔵国の池上宗仲の協力を得て池上本門寺の基礎を築いた日蓮六老僧の一人である。

 なお、羽田富次郎こと泉竜亭是正についての履歴詳細は不明であるが、国立国会図書館デジタルコレクションには、今回紹介した明治十四年の初版と同等と思われる羽田富次郎編輯・児玉弥七翻刻の同名同内容の書籍が保存されている。

 歌川芳春は、江戸時代後期の浮世絵師で、初めは柳川重信(やながわしげのぶ・天明七年・1787~天保三年・1833)に学び、後に『高祖御一代略図』を描いた池上門流門徒の歌川国芳(うたがわくによし・寛政九年・1798~文久元年・1861)に入門した。

 歌川国芳は、江戸時代末期を代表する浮世絵師で、葛飾北斎(かつしかほくさい・宝暦十年・1760?~嘉永二年・1849)や歌川広重(うたがわひろしげ・寛政九年・1797~安政五年・1858)と肩を並べる国際的に有名な浮世絵師の一人であり、特に、広重と国芳は同年の生まれで同時代に活躍した。

 「武者絵の国芳」とも称され、『通俗水滸伝豪傑百八人』や御法度の赤穂浪士を描いたシリーズを作成するなど、北斎の影響も受けている。西洋の陰影表現を取り入れた名所絵画にも優れており、美人画や役者絵、戯画にも多くの力作を残している。

 大スペクタル絵画の『宮本武蔵と巨鯨』や絵のいたるところに隠されている悪政に対する風刺が込められているものなどは反骨精神旺盛な国芳の性格がわかる作品である。

 この国芳の精神を受け継いだ芳春は、俳人の萩原乙彦(はぎわらおとひこ・文政九年・1826~明治十九年・1886)とタッグを組んだ『新門辰五郎游侠譚』や『万国奇談袋』『水滸伝豪傑鏡』など数多くの作品が残っている。

 特に、芳春の画風で特徴的な点は、明治維新を越えて成長した画家でもあるので「仏蘭西大曲馬」や「東京新橋鉄道蒸気車図」などの開化絵が数多く残っている。

 芳春の晩年には大坂で此花新聞の挿絵を描いていたことがわかっているが、東京に戻って京橋築地で死去した。




   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   令和二年(2020年)七月作成