『竹取物語読本』(たけとりものがたりどくほん)

    


タイトル:『参考標註竹取物語読本』(さんこうひょうちゅうたけとりものがたりどくほん)

標注者:鈴木弘恭

出版書写事項:明治二十二年二月廿五日(1889年) 発行

形態:全一冊(和装A5版)

発行兼印刷者:柳河梅次郎

専賣所:微笑軒

目録番号:nihon-0020003



参考標註竹取物語読本』の解説

 「竹取物語」は、日本における最古の物語と伝承されているが、作者・成立年代・成立過程などは不詳である。原本は現存していないが、室町時代の後光厳天皇が書写した断簡や安土桃山時代の天正年間の奥付のある完本が存在している。また、平安時代前期の貞観・延喜年間(890年ごろ)に成立したとの伝承が通説となっている。

 現在までに判明していることを列記すると、

 ①伝えられていた口承説話が「後漢書(西南夷傳)」や「白氏文集」(白居易の詩文集)などの影響を受けて、漢文で構成された説話集が成立した。その漢文説話から抜粋された「竹取の翁物語」「かぐや姫の物語」が題材となり、ひらがな文学の先駆けとして集大成されたと考えられている。

 ②物語の全体内容が反体制派の臭いを醸し出していることから、藤原氏全盛期に藤原氏の実権に良い思いを持っていない人物が作者ではないかとも考えられている。また、「漢学」「仏教」「伝承説話」などに精通し、「かな文字」「和歌」にも通暁して、貴重な「紙」も入手できる環境にあった人物であるとも考えられている。このような経緯から、嵯峨源氏の一族である「源順」や「源融」、桓武天皇の孫にあたる「僧正遍昭」、藤原氏によって政界から引き摺り下ろされた紀氏の「紀貫之」「紀長谷雄」など数多くの説が噴出している。

 ③「万葉集」巻十六の第三七九一歌に、「竹取の翁」が天女を詠んだという長歌が存在していることから、これが題材となり作成されたのではないかとも考えられている。

 ④「源氏物語」には、「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」とあり、源氏物語が成立した時点では既に「竹取の翁の物語」は存在していたことが推測できる。

 ⑤「今昔物語集」の巻三十一の第卅三には、「竹取翁見付女兒養語」(竹取の翁、女児を見つけて養う語)とあり、冒頭には「今昔○○天皇御代一人翁有」ともあり、惜しいことに天皇名が不明となっている。

 なお、十世紀に成立した「大和物語」「宇津保物語」や十一世紀に成立した「栄華物語」などにも「竹取物語」が登場していることから、遅くても十世紀前半までには成立していたのではないかと推測されている。

 今回紹介する「参考標註竹取物語読本」は、明治時代の国文学者の鈴木弘恭(すずきひろやす・天保十四年・1844~明治三十年・1897)が標註した書籍である。「枕草子春曙抄」でも紹介した鈴木弘恭は、幕末の水戸藩士で藩校の弘道館で学んだ。そして、東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大)・華族女学校(現在の学習院)などで教鞭を振るっている。十八公舎と号し、「日本文学史略」などの著作を持つ国文学者であった。

 この書籍の凡例によれば、江戸時代後期に活躍した田中大秀(たなかおおひで・安永六年・1777~弘化四年・1847)が著述した「竹取翁物語解」を定本にして、師匠である黒川眞賴(くろかわまより・文政十二年・1829~明治三十九年・1906)の校合本を参考にして解の未だ不明な点を補い、下段に本文を配置して上段に文法の解説などを施して、大学校の教材として出版したものである。

 田中大秀は、江戸時代後期の日本の国学者で、飛騨高山の薬種商の三男として生まれた。伊勢神宮に参拝の途次に、京都滞在中の本居宣長(もとおりのりなが・享保十五年・1730~享和元年・1801)を訪問し即座に入門を果たした。宣長の講釈を熱心に受けて帰郷後まもなく宣長の訃報に接し、宣長の嗣子である本居大平(もとおりおおひら・宝暦六年・1756~天保四年・1833)とは生涯の師友となった。

 本居宣長は、芝蘭・春庵などと号した江戸期の医者で国文学者である。賀茂真淵(かものまぶち・元禄十年・1697~明和六年・1769)に入門し、「万葉集」の註釈から始めることを薦められ「万葉集問目」を遺した。「源氏物語」「日本書紀」などの研究に励んで、江戸期には解読不明となっていた「古事記」の読解に努め、国学の道を追究した。また、本居大平は、江戸時代後期の国学者で、伊勢国の松坂の町人の子として生まれ、若くして本居宣長に入門し、宣長の養子となり宣長流の祖述に勉め、紀州徳川家の侍講として仕えた。

 また、田中大秀は師匠の宣長を敬慕し続けて、毎年飛騨の地で宣長の追悼会を主催した。その後の研究においても、宣長の「古事記伝」の流れを汲み、緻密で博識であったと伝わっている。なお、彼が著述した「竹取翁物語解」は当時から評判が高く、今日でも古典研究者には必読の書と言われている。

 黒川眞賴については、「枕草子春曙抄」で解説したが、黒川春村・黒川眞賴・黒川眞道の三代が蒐集した蔵書は、国文学研究にとっては大変貴重な資料で、神道関連書籍は國學院大學に、歌学関連書籍はノートルダム清心女子大学に、物語・随筆関連書籍は実践女子大学に保存され、各大学には「黒川文庫」が設置されている。その他、東京大学・日本大学・明治大学・二松学舎大学などにも所蔵されている。



   所蔵者:ウィンベル教育研究所 池田弥三郎(樹冠人)
   平成二十五年(2013年)三月作成